
「マッサージを受けても腰痛がぶり返す」「気づくと猫背になっている」。そんな慢性的な不調の原因は、知らず知らずのうちに生じている骨盤の“傾き”にあるかもしれません。骨盤周りのバランスを整え、筋肉の柔軟性を取り戻すことは、将来的な痛みの予防にもつながります。

伊藤 全哉先生
伊藤 全哉先生
医療法人全医会あいちせぼね病院院長。医学博士。1998年、名古屋大学医学部卒業。名古屋大学医学部付属病院整形外科助教などを経て、2017年より現職。「世の中にいる、たくさんの患者さんを救いたい」という思いから、多くの人が悩みを抱える腰痛や肩こりなどに着目し、腰痛治療の研さんを重ねる。病院を腰痛治療だけでなく情報啓発の場としても捉え、正しいリハビリテーションの方法や腰痛予防のノウハウを広く発信。気軽な診療を勧めている。
骨盤の“傾き”が招く不調の連鎖。腰痛を生むメカニズムとは?
まずは骨盤の基礎知識や、腰痛をはじめとする体の不調をもたらすメカニズムをご紹介します。
骨盤が「歪む」ってどんな状態?
「骨盤の歪み」という言葉をよく耳にしますが、実は、骨そのものが歪んでいるケースはほとんどありません。接骨院などで「骨盤が歪んでいます」と言われることがあるかもしれませんが、レントゲンで骨の形に明らかな異常が見つかることは少ないのが実情です。そういったときに指摘される、いわゆる「骨盤の歪み」とは、骨そのものではなく、骨盤周りの筋肉の張りや左右差によって、体のバランスが崩れている状態を指します。
同じように、「骨盤矯正」と呼ばれる施術も、骨の位置を直接変えるものではありません。実際には、筋肉をほぐしたりバランスを整えたりすることで、痛みをやわらげるといったアプローチが中心です。
骨盤の理想は「やや前傾」。後傾すると腰痛の原因に

ただし、骨盤が“傾く”ことはあります。本来、骨盤は少し前に傾いた状態(前傾)が正常です。この傾きによって、骨盤の上にある腰椎が緩やかなカーブを描き、体全体のバランスが保たれています。
しかし、年齢を重ねると腰椎のカーブが徐々に平たくなってきて、骨盤が後ろに傾くようになります。この骨盤の後傾と背中の丸まりはセットで起こりやすく、腰椎への負担も大きくなります。その結果、腰椎の間でクッションの役割を持つ椎間板が傷みやすくなり、腰痛の原因になることがあるのです。
骨盤は後傾するだけでなく、左右に傾くこともあります。骨盤のバランスが崩れると、その影響は連鎖的に広がります。上にある腰椎はもちろん、下にある股関節や膝関節にまで負担が及び、慢性的な痛みや将来的な関節の変形を招く恐れがあります。進行すると、歩行に支障が出るなど深刻なトラブルにもつながりかねません。
産後や衝撃による骨盤トラブル。正しいバランスを保つための姿勢とケア
腰痛の原因となり得る「仙腸関節障害」

骨盤そのものが痛む場合、疑われるのが「仙腸関節障害」です。仙腸関節は骨盤の中央にある仙骨と、左右の腸骨をつないでいます。普段は強固な靭帯(じんたい)に守られており、数ミリ程度しか動かない非常に安定した構造で、上半身の重さを支えるクッションの役割を担っています。しかし、この関節に炎症が起きたり、長年の負荷で摩耗したりすると、骨盤に痛みが生じることがあるのです。腰痛、お尻や鼠径部(そけいぶ/足の付け根)、脚にまで痛みが出るケースもあります。
女性の場合、仙腸関節障害のきっかけになりやすいのが出産です。出産時は赤ちゃんが通りやすくなるよう、ホルモンの働きで靭帯が緩み、骨盤が大きく開きます。通常は産後に時間をかけて元に戻りますが、回復が不十分だと関節にグラつきが残り、慢性的な痛みにつながりやすくなります。
また、出産以外にも、尻もちや交通事故、スポーツによる強い衝撃などが原因になることも少なくありません。一瞬の大きな衝撃や、繰り返される不自然なひねりによって、関節に左右不均等な負担がかかり、機能不全を起こしてしまうのです。
日常生活で骨盤のバランスを保つために

こうしたトラブルを防ぐためには、日常生活の中で、骨盤に「偏った負担」をかけないことが大切です。
まず見直したいのが、無意識のクセです。「いつも同じ側でカバンを持つ」「片足に体重をかけて立つ」「足を組んで座る」といった習慣は、骨盤に左右差や傾きを生じさせ、特定の関節にストレスを集中させます。まずは「左右バランスよく使う」ことを意識してみましょう。
姿勢の面では、特に猫背への対策が重要です。猫背で骨盤が後ろに傾くと、腰椎のクッション機能が低下し、腰痛を誘発します。座り仕事が多い方は、腰の後ろにクッションや丸めたタオルを当てるのが効果的です。これだけでも骨盤が自然に立ち、理想的な「前傾」の状態を保ちやすくなります。
スポーツをしている方は、一定方向の動作(野球のバッティングやピッチング、サッカーやテニスの切り返しなど)による体の偏りをリセットするために、反対方向のストレッチや体幹トレーニングを取り入れましょう。体が硬いと衝撃を関節で受けてしまいますが、柔軟性があれば力を全身に分散でき、骨盤の負担を軽減できます。
筋力と柔軟性を養い、自分の力で正しい姿勢を支えられる体づくりが腰痛予防の基本ですが、不安感が強い時期には、一時的な補助として骨盤ベルトやサポーターで物理的に安定させることも有効な手段です。
腰痛を防ぐ、自宅でできる“骨盤リセット”ストレッチ
骨盤の“傾き”を防ぎ、腰痛を改善するには、日々のストレッチが効果的です。最後に、自宅で簡単にできるストレッチを解説します。
骨盤の「後傾」を防ぐ。お尻の筋肉のケア
まずは、お尻周りの筋肉をほぐすストレッチをご紹介します。お尻周りの筋肉が硬く縮むと、骨盤を下に引っ張り、腰痛の天敵である「後傾」を招く原因になります。
A. 座った状態で行うお尻周りのストレッチ

①椅子に浅く座り、右足首を左の太ももに乗せます。
②背筋を伸ばしたまま、おへそを前に突き出すように、ゆっくりと上体を倒します。
③右のお尻(大臀筋)が心地よく伸びるところで15〜30秒キープします。
④反対側も同様に行います。
B. 寝転んだ状態で行うお尻周りのストレッチ

①仰向けになり、両膝を立てます。
②左足首を右の太ももに乗せます。
③右脚を床から浮かせ、両手で右の膝を抱えます。
④右脚を胸の方にゆっくり引き寄せ、左のお尻を伸ばします。そのまま15〜30秒キープします。
⑤反対側も同様に行います。
「腸腰筋」をほぐして、骨盤の前傾をキープ
慢性的に猫背になりやすい人は、骨盤を支える股関節の筋肉が弱くなっている可能性があります。特に、骨盤を前傾させて正しい姿勢を保つ「腸腰筋」を活性化させることが大切です。
股関節周りのストレッチ

①片膝立ちの状態から、右脚を大きく一歩前に出します。
②両手を右膝の上に置き、骨盤をまっすぐ前にスライドさせるように重心を移動します。
③左脚の付け根(前側)が伸びるのを感じながら15〜30秒キープします。
④反対側も同様に行います。
これらのストレッチに加え、「背骨を反らす動き」もセットで行うと効果的です。

日常生活のなかで、意識的に体を「反らす」機会はほとんどありません。猫背の姿勢が定着すると、背骨を反らす動きそのものが難しくなっていきます。まずは、1日3回、数秒だけでも構いません。椅子に座ったまま背もたれに体を預け、胸を開くイメージでぐーっと体を反らせてみましょう。
骨盤の状態は、全身のバランスや筋肉・関節の働きと密接に関わっています。まずは、日々のストレッチや姿勢を意識することから始めましょう。小さな習慣が、不調を未然に防ぎ、健やかに過ごすための確かな土台となります。