
近年、スポーツにおける「栄養素」の重要性が広く認知され、プロアスリートの栄養サポートを行う栄養士 や管理栄養士の需要も高まっています。大事な試合や大会でパフォーマンスを発揮するには、運動前や運動中にどのような食事を行い、どのような栄養素を摂取する必要があるのでしょうか? これまで、数多くのトップアスリートの栄養サポートを行ってきた柴田麗さんに、ベストパフォーマンスを引き出すためのポイントを教えていただきます。

管理栄養士・公認スポーツ栄養士・健康運動指導士
柴田 麗さん
管理栄養士・公認スポーツ栄養士・健康運動指導士
柴田 麗さん
筑波大学大学院修士課程修了後、食品会社に勤務し、サッカーやラグビー、自転車競技ほか、さまざまな競技のトップアスリートからジュニア選手の栄養サポート業務に携わる。退社後の現在は、アスリートの栄養サポート、セミナー講師、執筆活動のほかに専修大学スポーツ研究所客員研究員として活動している。
毎日の食事は“見える化”し、コンディションや目的に合わせた栄養摂取を
スポーツにおいて高いパフォーマンスを発揮するには、心身ともにより良い状態を保つこと=コンディショニングが大切です。今回はコンディショニングのいち要素である「栄養」についてお話します。
私たちは栄養素を摂取しようとする時、ついサプリメントなどに頼ってしまいがちですが、まずは食事から必要な栄養素を摂ることを意識してみましょう。食品には、炭水化物(糖質) やたんぱく質、脂質、ミネラル、ビタミンなどさまざまな栄養素が含まれており、それらの働きが複雑に関わることで、身体の状態が良好に保たれます。基本 は毎食、①主食、②主菜(おかず)、③副菜(野菜)、④果物、⑤牛乳・乳製品をそろえることが望ましいでしょう。

主要な栄養素とそれぞれの働き/出典:『ジュニアのためのスポーツ栄養: 学んで、食べて、強くなろう!/柴田 麗』(Gakken)
では、自分にとって適切な栄養を摂取するにはどうすればいいのでしょうか? 自分が日々どういうものを食べているか、どんな栄養が不足しがちなのかを把握するために、毎日の食事を健康管理アプリや手帳などに記録して、食習慣を“見える化”してみましょう。食事 の改善ポイントが明確になり、計画的に栄養状態の調整を行うことができます。
食事を記録する時は、タイミングにも注目してみてください。毎日、決まった時間に食事することは、体内リズムを整えることにつながります。特 に朝ごはんは、体内時計をリセットする働きがあり、コンディション調整をする上でも大切です。また、就寝直前に夜食の習慣があると、睡眠の質の低下を引き起こす可能性があり、結果パフォーマンスにも悪い影響を及ぼすと考えられています。
「試合前食」の実践で、パフォーマンスの向上を目指す

定期的に試合や大会に出られる方は、高いパフォーマンスを発揮するため、試合前に適した栄養摂取を意識しておきたいですね。運動時のエネルギー源は、主にグリコーゲンとして筋肉に蓄えられる炭水化物です。そのため試合前の食事は、食事全体の70%以上が炭水化物となる「高炭水化物食」に切り替えます。
このように、体内のグリコーゲン量を増やしてパフォーマンスを向上させる栄養摂取法を「グリコーゲンローディング(カーボローディング)」と呼びます。持久系の競技であれば試合の3日前から、その他一般的な競技であれば試合前日から、 無理のない高炭水化物食への切り替えプランを立てることが望ましいと言われています。
試合当日も、朝食から高炭水化物食を食べるようにしますが、試合開始から1番近い時間の食事は、試合開始の3~4時間前までに摂り終えておきましょう。その上で、試合が近づいてきたら、バナナやエネルギーゼリー、エネルギージェルなど消化の良い食品を摂取します。試合開始までに消化を終え、筋肉に十分なエネルギーが送られている状態で試合に臨むのがベストと言えるでしょう。
大事な試合でパフォーマンスを発揮できるよう、こうした試合前食はまず練習試合などで量、内容、タイミングを検証し、コンディションに違和感がないことを確認しながらトライしてみてください。
なお試合中も、消化の良い食品やスポーツドリンク、スポーツサプリメントなどで適宜炭水化物の補給をしてみても良いでしょう。
より高いパフォーマンス発揮を促す「アミノ酸」
筋肉を増やし、パワーにつなげるためには、たんぱく質の摂取を意識します。たんぱく質は、自分に適した1日の総摂取量を把握した上で、数回に分けて摂ることは筋肉 の維持に役立つ可能性があると言われています。そのため、最低でも1日3回の食事で、肉や魚、卵、豆類を摂るように します。朝食にたんぱく質源が少ない場合は、1品多く準備するなどの調整をすると良いでしょう。
また最近では、より高いパフォーマンスを目指すために、たんぱく 質を構成する有機化合物のアミノ酸を積極的に活用するアスリートも増えています。アミノ酸は、それぞれ様々な働きを持ち、身体づくりを担う中心的な栄養素です。普段のコンディショニングの中でアミノ酸を取り入れることは、「記録を伸ばしたい」「もう少しパワーを出したい」「スタミナをつけたい」といった目的に貢献する可能性があります。
たんぱく質を構成するアミノ酸は全部で20種類あり、人や動物が体内で作ることのできない9種類を、「必須アミノ酸(EAA)」と呼びます。 中でもアスリートからの支持を集めているのは 、9種のEAAが配合されたものや、バリン・ロイシン・イソロイシンの総称である「分枝鎖アミノ酸(BCAA)」に特化したものだと思います。
特にロイシンについては、たんぱく質合成を促進するとともに、分解を阻害して筋肉量を維持するなど、多くの研究成果が報告されています。そのため、運動前や運動中、運動後と、幅広いタイミングで摂取されています。またBCAAは、ロイシンの作用の他に、末梢でのエネルギー源として利用されたり、中枢性疲労の軽減も期待されています。

9種類の必須アミノ酸/出典:協和発酵バイオの健康成分研究所
また近年、必須アミノ酸以外で注目を集めているのが、アルギニンと シトルリンです。アルギニンは一酸化窒素(NO)を産生するアミノ酸であり、血流改善作用があります。一方シトルリンは、体内でアルギニンに変わるとともに、アルギニンが効率的に一酸化窒素を生み出すのを助けると考えられています。この2つを同時に摂取することで、血流が改善され、酸素の供給が高まることから、特にマラソンやサッカーなど、持久力を必要とするスポーツの現場で話題になっているようです。
最後に、より良いコンディションを保つことは、スポーツの競技力向上だけでなく、健康維持・増進にもつながります。 まずは日々の食事から必要な栄養摂取を心がけ、さらにもう1段自分を高めたいときにはアミノ酸 も活用することで、ベストパフォーマンスにつなげていきましょう。